2014年06月23日

東強清水海岸 ど根性キャベツ Dokonjo Guts  cabbage



波風が聞こえる、とある海岸の防波堤。固いコンクリートを破り
キャベツが実っていました。
水や肥料もない環境で、このように立派に実る生命力を見ると、
改めて、私たちは少しのことでも安易に諦めてしまう愚かさを
感じます。このキャベツのど根性を見習わなければなりません。



posted by 陳 美作 at 07:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 両津

2013年08月26日

安寿塚

佐渡の北、鹿の浦に安寿塚がある。伝説の安寿と厨子王の安寿である。

鹿の浦は、佐渡相川から車で15分くらいのところにある。数年前に「鹿の浦大橋」ができるまでは崖を切り開い

た道を行かねければならず、右は山、左のガードレールの下の崖。ガードレールから覗いた数十メートル下に海

が波打っている光景は怖い思いをしたことが数度ありました。

鹿の浦大橋を渡り、トンネルを抜けると「安寿塚」の案内板が見えます。


(トンネルを渡ったところの風景。今日は海も空もきれいでした)

道路の下の道をおりたところに安寿塚があります。
安寿塚"imageanju3.jpg"

imageanju4.jpg

森鴎外の山椒太夫にでてくる場面を思い出しました。

あらすじ(ウィキペディアより)
 前(さき)の奥羽五十六郡の太守、岩城判官正氏の一族は、讒言(ざんげん。虚偽の悪行をでっち上げて

人を陥れる事)によって筑紫に流された。本国に残され落魄した正氏の妻と、その2人の子供――姉の安寿姫

と弟の厨子王は、正氏を訪ね求めて越後の直江津にたどり着いたとき、人買いの山岡太夫の手にかかり、妻

は佐渡二郎の手で佐渡に、姉弟は宮崎という人買いの手で丹後由良湊の長者である山椒太夫にそれぞれ売り

渡された。山椒大夫のもとで姉弟は酷使された。弟は1日に3荷の柴を刈れ、姉は1日に3荷の潮汲みをしろ、

間があれば藻塩を焼く手伝いをしろ、糸を紡げ、と追い使われ、弟は柴刈り払う鎌を怨み、姉は潮汲む桶に

泣いた。

ある日、安寿は厨子王に勧めて密かに逃れさせようとし、罰として額に焼け火箸を当てられた。しかし肌身

離さぬ守りの地蔵尊のおかげで痕が付かなかった。

そして姉弟はついに、再会を約して逃亡を図った。姉を残して都へと行くのをためらう厨子王に、安寿姫は

強く勧めて、弟が去った後、自身は山椒館の近くの沼に身を投げて亡くなった。その亡骸は村人により丁重

に葬られた。時に永保2年正月16日、安寿16歳、厨子王13歳であったという。

一方、厨子王は丹後の国分寺に逃げ込んで寺僧に助けられ、京都七条朱雀の権現堂に送られた。さらにまた

摂津の天王寺に寄食するうちに梅津某の養子となり、ついに一家没落の経緯を朝廷に奏上した。結果、判官

正氏の罪が赦された上に旧国を与えられ、讒言者の領地は没収されて厨子王に下賜された。

安寿姫の霊はその後も母と弟を守護し、岩城家再興の機運にめぐまれた厨子王は、丹後・越後・佐渡のなか

で若干の土地を得たいと願い出てこれを許された。厨子王は、領主となった丹後に行き、かつて匿ってくれ

た国分寺の僧侶に謝し、山椒大夫とその子三郎とを鋸挽きの刑に処し、また越後で山岡太夫を討ち取った。

報恩と復讐を果たした厨子王は、生き別れた母の行方を求めて佐渡にたずね歩くと、片辺鹿野浦で老いた瞽

女(ごぜ)が鳥を追う唄をうたっているのに巡り会った。「安寿恋しやホゥヤレホ。厨子王恋しやホゥヤレ

ホ」。厨子王は、この歌を聞いてこれぞ母と知り、駆け寄りすがりついた。うれし涙に、盲いた母の眼は奇

(くす)しくも開き、母子は再び抱き合ったという。








タグ:安寿塚
posted by 陳 美作 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 相川

2013年08月22日

片野尾・弁慶岩

佐渡の玄関、両津港から南東へ車で約30分の片野尾というところに弁慶岩という大きな岩がある。高さは3m

ぐらいの高さ、幅は4、5mはあろうか。

この岩は、義経一行が安宅の関を越え、平泉へ向かう途中、佐渡によったときに、この大きな岩を弁慶が

運んだという伝説がある。(義経一行は佐渡に訪れていないという説もあります)


前からの画像
imagebenkei1.jpg

と、後ろからの画像です。
imagebenkei2.jpg


この画像から「前」のところ(赤枠で囲んである)、「後」のところ(赤枠で囲んである)に不自然な

くぼみがあります。「前」が弁慶の背中の跡、「後」は、この岩を持ち上げるために使用した縄の跡のよう

に見えるのです。実際、そばでよく見ると、この跡は自然にできた跡ではなく、人工的につけられたような

不自然さを感じます。

こんな大きく重い岩を弁慶が持ち上げたのか。背中の跡から、弁慶はこんなに大きな人間だったんだと想像

する浪曼というか、空想をさせられる、そんな岩です。


タグ:岩,伝説
posted by 陳 美作 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 両津

2013年08月21日

蓮華峰寺・金剛力士像

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佐渡の南東・旧小木町に蓮華峰寺がある。ここ一帯は、6月頃になると紫陽花が咲き乱れ、紫陽花ロードを形成

するぐらいになる。

残念ながら8月はもうほとんど枯れてしまっていた。

今回紹介するのは、この寺にある金剛力士像。見るからに古い。掲示板を見ると、鎌倉時代に建立されたもの

らしい。痛みが激しいように見えるが専門的には保存がよいものらしい。

X線をあてたら何か隠れた文字や絵がでてきそうな古さでした・・・。紫陽花が咲く頃にくるといい場所

です。

posted by 陳 美作 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 小木

2013年08月15日

仙道温泉

明治元年から湧きいでる秘湯がある。佐渡中央やや南寄りの旧畑野町にある仙道温泉。

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ここは民間が運営しているので、古びた作りだ。よってクアハウスと称する気の利いたサービス設備など

ないことは先にお断りしておく。

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2年前はお湯は真っ黒だった。今はなんかお湯の色が薄くなった。

しかし、入浴してものの2、3分で滝のような汗(個人差があります)。疲れが一気に出て数時間の

昼寝ができるほど心地のいい湯であった。


個人的には、よっぽど疲れたときや風邪をひいたあとの病み上がりのときによく利用している。

地元の人しか知らないまさに秘湯。入浴料390円。毎月曜日は定休日。

場所の目安。セーブオン畑野店前の細い道を150mすすみ、赤い橋をわたった先の煙突のある建物

が目印。

タグ:仙道温泉
posted by 陳 美作 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘湯

2013年08月12日

北狄(きたえびす)

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相川の街から車で約15分。北狄(きたえびす)という部落がある。

今回、なぜこの部落の名前を紹介したかというと、この北狄という字は、中国では四方の野蛮な国を

称していた。北狄(ほくてき)、南蛮、東夷(とうい)、西戎(せいじゅう)。

南蛮はよく南蛮人などと使われている。

佐渡の北側に北狄。各方向にその字をあわらす地名はあるのか?両津に夷という町名がある。

これは東にある。東夷と合致する。

どんな由来でこの地名がつけられたのか、興味が湧き出てきます・・・。
posted by 陳 美作 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 相川

2013年08月11日

佐渡にも刑務所があった!

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佐渡金山の近く京町通りをを登ると刑務所があった。今は閉まっている。門をくぐると案内があり、鍵を
開けて自由にはいってよいらしい・・・・。

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入口を入ると右手に面会室があった。見にくいが、金網で仕切られており、受刑者とその関係者が面会できる
へやであった。

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牢屋の入口。部屋は5〜6部屋くらいか。ひと部屋約六畳くらいの広さか・・・。

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別部屋で風呂もあった。


タグ:刑務所
posted by 陳 美作 at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 相川

2013年08月09日

相川外海府海岸・ひまわり畑

佐渡の北西部の外海府海岸に、この時期、ひまわりがいっぱいに花咲く。

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海岸段丘の上で逞しく行き、あたり一面ひまわり色に染めます。前は山、後ろは海のひまわり畑。


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今、この時期にしか見れない風物詩です。

posted by 陳 美作 at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 風景

2013年08月08日

清水寺(せいすいじ)

清水寺と書いて「せいすいじ」と読みます。

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昔、京都・清水寺を作った僧のケンポウが佐渡に流されて

本家・清水寺のミニチュア版を建設。大きな木立並木を通り、


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そこには、格子の上にお寺がある、まさにミニチュア版の清水寺がそこにありました。


大きな地図で見る
posted by 陳 美作 at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | お寺

2013年08月07日

日本最古私設灯台

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明治18年3月建立の日本最古の私設灯台。

当時、大川港は、加賀、能登、大阪方面からの和船の出入りがはげしく

夜間の出入りの港に不安を感じていた廻船問屋・井藤藤左衛門名主、

林治郎左衛門が発起となり、入港する和船や漁船から寄付を仰ぎ建設。

まだ高価だった石油を使って明かりを灯し、その費用は和船やイカ釣り

船からのトンボ税でまかなわれていた。




                      
posted by 陳 美作 at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 大川